看板

看板を蹴った
むしゃくしゃして
ざわざわして
邪魔だった
看板を蹴った

看板を蹴った
幼い頃だ
風雨にさらされ
犬の小便がついた
古い看板を蹴った

看板を蹴った
たった一度のことだが
寡黙に役目を果たしていた
かわいそうな看板を蹴った

荷物を持って出歩くと
道に張り出したそれらが
つま先や横腹に衝突し
肩紐をひっかけて邪魔をする

遠い思い出に対する
ささやかな報復のつもりなのか

あの
古い看板より
役立たずだった自分は
身を縮めてそれでも歩くばかりだ

花売り

花はいりませんか
きれいな花をどうぞ
わたしは心で呼びかける
スイートピー　ばら　カーネーション　チューリップ　コスモス・・・

ほんとうのところ
わたしが立っているのは
郊外のスーパーマーケットだし
売っているものといったら
みみっちい第３のビールだけれど

神さまどうか
わたしの言葉に音楽をください


わたしは心で花を売る
冬の食卓にビールはいかが
フルーティな香りと飲み安さ
大切な人にちょっとした贈り物
さみしい心に慰めを
そんな寒そうなあなたにこそ
いっとう綺麗な花をどうぞ

神さまどうか
わたしの笑顔に熱をください

歩幅

地球と月との距離
３８万４４００キロメートル

ヒトの歩幅は
身長マイナス１メートル
わたしの場合は６０センチ
せいぜいが片腕の長さです

それでも
人生は６０年
１年は３６５日
方角を定めたら
日に３万歩くらい
進むことはわけないので

６億５７００万歩
３９万４２００キロメートル

もしも　歩くと決めたなら
月に触れるまで　その先までも
人というものは行けるらしい
するとわたしの１歩は
ちっぽけだったのか
巨大だったのか

わかっていることは
その大きさ
６０センチ、ということだけ

情報墓地

お墓参りに行きましょう
トーストが焼けるまでの間
メールチェックが済んだら
神さまの記憶にアクセス
情報の海に漂う
君の墓標

おはよう
僕は元気です
太陽が高く銀杏の葉を透かしています

バターが融けていく
頬をぬぐい
祈りをささげ
右上の"ｘ"を静かに押す
閉ざされる窓

今日も
やすらかに
そして
見守っていてください

詠み人知らず

一篇の美しい詩を
彼は生んだ

記憶から面影が
墓石から名が
時の流れにすりへらされても
彼の孤独が
彼の愛が
生きている

それはどんな喜びだろう
わたしの感傷
わたしの夢が
わたしを失っても
生きつづけるなら
一篇の美しい詩となって
よみがえるなら

わたしは知らない
その人の姿
その人の生き様

ただ彼の孤独
彼の愛
純化された精神の光を
わたしは感じる

彼は一篇の
美しい詩を生んだ