“ホーリー・アンダンテ”に寄せて

せかいのはじまりの空
生き物はまだ目が開かず
誰にも視線で汚されない
無垢なその青から
言葉が降った
音が降った
舞い降りて
真っ直ぐ天を向いていた
野花の黄金の花粉の上で
そっと止まった

太陽はいよいよ澄んで高く昇り
やがて目覚めた一匹の蜂が
その甘やかな花びらを揺すった
言葉はこぼれて
音はこぼれて
分かたれた天に愛を求める
乾いた暖かな土に
沁みこんでいった

木々の葉が打ち合わされ
枯れた山肌は笛となり
生き物という生き物は声をあげた
暖かな土を伝い
言葉はすべてのなかに
音はすべてのなかに
あらゆる創造物は身を震わせ
喉を開き　心を曝し
ひとつの巨きな和声となる
ひとつの巨きな和声となる

熱病

花柄のカーテンに
悪意ある顔が
ぞっと浮かぶ
ふと毛布が
須弥山になる
全身を警戒させて
夜をすすめ
すすめ

水は補給したか
この谷底は
極寒の灼熱
足もとに時折
澄んだやすらぎ
緑の高台を目指し
よじのぼれ
よじのぼれ

コップにスポーツドリンク
砂漠の泉
いくつもの矛盾する
睡眠と覚醒を抜けて
朝へ

還ってくる

空港ジレンマ

否応無しの熱情を
ちいさな手間で還したかった
弱い自分のプレゼンテーション
少しばかりの同情を買えた？

　　管制塔　応答せよ
　　もう準備はできた
　　飛立ちたいんだ

次から次への衝動に
Cost-effectiveness望むなら
夢の形代ハリボテで
天の川に流せばいい

　　応答せよ　準備はできた
　　もう飛立ちたいんだ
　　誰もいないのか

　心から信じたなら
　羽がなくても飛べるかもしれない
　ビルの屋上に登ったわたしを
　後ろから抱きしめた
　あなたにきいてるんだ

　　答えてくれ　飛立ちたいんだ
　　誰もいないのか
　　翼が痒いんだ

　お手軽な代償行為では
　もう　満足できない

操縦不能の心情に
正面からは向き合えず
適度に水遣りを怠った
大きく育たないように

　もう少しだけ待っていれば
　覚悟は決まるのか

　　飛立ちたいんだ　答えがなくても
　　風を切りたいんだ
　　もう思い切りたいんだ

もう忘れたいんだ

時間と運命と抵抗ととかげ

わたしは水槽のとかげ
トルーライトで暖められて
何をする気力もなくていい

わたしは縞々のとかげ
素焼きの隠れ家都合が良くて
人目を気にする化粧はしない

わたしは珍種のとかげ
大きな手から逃げるフリ
連れ戻されても悔しがるフリ

一度ちぎれて生え変わった
わたしのしっぽは骨がない
なくすものなどなにもない
“わたしのもの”などなにもない

わたしはあなたのとかげ
サボテンを食べて喝采を浴び
傷ついた舌にキスされる

ホットレモン

空気が肌寒く動くたび
薄桃色の花びらがあふれた
言葉にならない言葉のように
かなしいメッセージのように

西の空にしがみつく昼を
東天の小さな星が映す
柔らかな影がそこかしこに生まれ
諦めと同じ速さで広がっていく

花の散る季節は
浮き彫りにしてしまうのだ
孤独を
あらゆる人と自然が
苦しむ
その断絶を

「さくらのそばの自販機は
　温かい飲み物が良く売れる」